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〜ひとり時間をじっくり楽しむ話のタネ〜

昭和の懐古録
〜時代を築いた昭和レトロな雑貨たち〜
「黒電話」
ひとり時間に、じっくり古いものに思いを馳せてみるのは楽しい。これは、昭和の時代を駆け抜けた「黒電話」に関する、昭和の懐古録である。
「ヂリリリリ……リン!」という音が突然、家中を駆け巡り、時間切れになる前に受話器まで走らされ、誰とも知らない相手を、聴こえる第一声で判断させられる。まるでテレビのバラエティのようだが、これは昭和の暮らしを象徴する日常風景だった。黒電話のある生活とはこのようなものだった。

昭和レトロな生活雑貨「黒電話」予備知識メモ
黒電話とは、1950〜1970年代にかけて日本全国で広く使用された、黒色の固定電話機のことだ。正式な名称は「600型電話機」シリーズで、黒い樹脂製のズッシリ重みのあるデザインが特徴だ。黒電話は、昭和の暮らしを象徴する代表的なアイテムとして、今も多くの人々に親しまれている。
日本で初めて電話サービスが開始されたのは、1890年(明治23年)、東京〜横浜間での通話が実現した時だが、当初電話は「交換手」による手動接続が必要だった。しかしその後、自動で回線をつなげる「自動交換機」へと技術が進歩。1933年(昭和8年)には、黒電話の前身ともいえる「3号自動式卓上電話機」が登場した。
そして1952年、日本電信電話公社(現在のNTT)が発足。全国に電話網の整備が進められ、そこで「600型電話機」が家庭や職場で使う標準的な電話機として選ばれ、こうして、黒電話が全国に普及することとなった。この黒電話の普及は、戦後復興期の日本において、通信インフラの向上に大きく貢献し、当時の人々には文明の象徴となり、今でも、黒電話の存在そのものが、高度経済成長期の昭和の生活を語り継ぐ、貴重な雑貨となっている。ー「KDDIトビラ」「藤田電機製作所」
昭和レトロな生活雑貨「黒電話」呼出音の秘密
冒頭で述べた通り、黒電話と言えば忘れられないのが、あのけたたましく鳴り響く呼び出し音だ。静まり返った朝や夜でもお構いなし、電話が鳴るたびに心拍数が上がる。「誰か早く出てくれ」と思いながら、布団をかぶった思い出もあることだろう。昭和を舞台にしたアニメや漫画でも、よく受話器が宙に浮くような表現で、その騒がしさが描かれていた。
それもそのはず、あの騒がしいベル音は目覚まし時計と同じ原理で、内部で、二つの金属製の鐘をハンマーで叩いて鳴らす実にアナログな仕組みだ。電話が鳴り出す前に一瞬、チン…と微かに前兆があったと記憶している人もいる。それがまた、電話が鳴り出す「恐怖」を際立たせた。
電話は「滅多にかからないもの」という時代背景も関係したのかもしれない。今の時代のプッシュホンや携帯電話からは考えられないが、黒電話の着信音は、まるで緊急アラートでもあるかのように私たちを呼び出した。履歴や伝言メッセージを残す技術もまだ無かったので、通話の機会を逃さないよう急がせたのかもしれない。
でも、住人にとっては少し迷惑である。呼び出されるのが都合の良いタイミングとは限らない。トイレやお風呂に入っていたり、テレビが面白い場面だったりすることもある。そうなるとたちまち、「お母さん出て!」「あなたが出なさい!」…のように、家庭内でイザコザが始まるのである。
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昭和レトロな生活雑貨「黒電話」指で回す儀式
黒電話には、0〜9までの数字に対応する、10箇所の穴の空いたダイヤルがついていた。電話番号を入力する際、ひとつひとつの番号の穴に指をかけてダイヤルを回す「儀式」が必要だった。「ジーコ…、ジーコ…、」と音をたて、一番号一番号回す度に、ダイヤルが元の位置に戻るのを待ちながら、次の番号を回した。
もし、途中で回す番号を間違えたり、ダイヤルを最後の留め金のところまでキッチリ回さずに指を離してしまうなら、「入力」は失敗。また、一からやり直し。イライラすることもあったが、今振り返るとその不便ささえも懐かしい。ダイヤルが戻っては回す、あの面倒な手間や、ノイジーなサウンドも、心地良さすら感じていた。電話をかけるあの動作一つ一つに、古き良き「昭和の血が」通っている。
昭和レトロな生活雑貨「黒電話」秘密のコール
今のように電話が一人一台ではなかった時代、黒電話は、リビングや玄関先に置かれ、家族みんなのものだった。だから、誰かに電話をかける時も、かかってきた時も、プライバシーを確保しようとして、口元を覆ったり、小声で話したり、コードの届く限り電話を持って隅に移動したりして、家族に聞かれまいとしていた。そんな様子も今となれば微笑ましい。
どんな電話の内容かにもよるが、電話を待つ間はドキドキしたものだった。何かの面接の結果待ちや、クラスの好きな子からの電話の約束の時、タイミングよく、かつ自然に電話を取れなかった場合、親や別の家族が先に電話をとってしまう。そうなれば、後で内容や関係性を問いただされる「尋問」にあうのは必至だ。
電話中に家族から、様子をジッと伺われたり、「まだ終わらないの?」と聞かれたりするのも気まずい瞬間だった。電話が終わった後は、何でもないかのように平然を装ったり、微かな恋心を悟られまいとしたりして、手早く「業務連絡」を済ませ、すぐその場から退散したものだった。
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昭和レトロな生活雑貨「黒電話」電話を借りる
今の時代以上に、電話は借りる文化であった。友達の家や親戚の家に行った際、「電話を借して下さい」とよく言ったものだ。よその家からかける電話は、意外と便利で有利なツールだった。とくに親に交渉するための電話は、「〜さんも良いと言ってるんだけど」と言えば、親もあまり強くは言えなかった。電話を貸してくれた、その家の方の権威がチラついたのかもしれない。
よその家の電話といえば、自分の家とは違う黒電話の雰囲気に、よく見入ったものだ。特に印象的なのは、黒電話にかけるカバーだ。布生地を用いたハンドメイドなカバーだが、その柄には各家庭の「奥様の」好みがよく表れていた。電話にカバーをかけるという発想自体も新鮮だが、フリフリの花柄やチェックなど、ただの電話機をインテリアの一部として「昇華」している様子は、大人のセンスを学ぶ時間だった。
昭和レトロな生活雑貨「黒電話」雑貨のまとめ
昭和の時代を生きた人なら、部屋の片隅にもし黒電話があったら、思わずダイヤルを回したくなることだろう。あの頃の、人と繋がる温かい時間を思い出しながら…。黒電話は、スマホを誰でも手元に持つ今では忘れかけられている「人と繋がる機会を逃さない」大切さを教えてくれた。誰もが何かに忙しい現代、着信があっても、電話に出ることをいつも一番に考える人は少ないだろう。
昭和の暮らしを彩った黒電話。ゆったりとした時の中にけたたましく鳴り響いたあの呼び出し音は、いつまでも思い出と共に、人々の頭の中で鳴り続けるだろう。機会があれば休日に、昭和レトロの博物館などに行ってその余韻を味わおう。>>「昭和レトロに会える場所:旅のしおり」別の記事>>「旅費を抑えたい人の航空券予約」
時代を築いた昭和レトロな雑貨たち〜
